2012年3月7日水曜日

大震災で浜岡に危機感 掛川の主婦・戸倉さんが脱原発へ草の根活動

中日新聞から全文引用
大震災で浜岡に危機感 掛川の主婦・戸倉さんが脱原発へ草の根活動 
2012年1月12日
http://www.chunichi.co.jp/article/shizuoka/20120112/CK2012011202000155.html
 「原発放射能に不安を感じている母親たちは多いはず。その気持ちに寄り添いたい」。掛川市の主婦戸倉由紀枝さん(44)は思う。
 昨年12月末、女性有志で「原発に関するポスター展と放射能についてのお話」と題する催しを市立中央図書館で開いた。官製の“原発礼賛”のポスターに対抗して東京の市民メディアがネット上で募集、公開している50点を並べた。放射能の怖さを題材にした紙芝居も披露。親子連れなど100人が訪れた。
 原発問題を強く意識するようになって、まだ日が浅い。掛川市出身の夫(51)がアジアの紛争地域に単身赴任となったため、夫の実家に身を寄せた。それから半年もたたない昨年3月11日、東日本大震災が発生した。
 「大変だとは感じたが、浜岡原発のことは特に心配しなかった」。テレビで福島第一原発の爆発映像を見た時は、そう思った。数日後、県東部で震度6強の余震を観測。赴任先で知った夫は東海地震に危機感を覚え、電話でまくしたてた。「『浜岡原発を止めて』と訴えに行くべきだ」
 夫からの電話が、原発に目を向けさせた。テレビから流れる関連ニュースに飛びつき、新聞を読んで考えた。原発事故で世の中は「脱原発」に動くと思ったが、国や電力会社にその気配はない。「もし、ここで何もしなかったら後悔する」
 4月上旬にはホームページ「STOP!浜岡原発」とブログを立ち上げ、ネット署名を募り始める。仲間たちと共に草の根活動に乗り出した。
 浜岡原発政府の要請で5月14日に全面停止したが、活動はいっそう熱を帯びる。11日後には「東海地震が過ぎ去るまで、運転停止の継続を国や中部電力に働きかけてほしい」と松井三郎市長に要望。「原発に頼らない未来は可能か」をテーマにした講演会を開いたほか、原発事故に備えた安定ヨウ素剤の配布態勢を整えることや、学校給食放射能検査などを市に訴えた。
 11月には市議会に、浜岡原発の再稼働時の条件と、原発に頼らないまちづくりを求める陳情書を提出。その趣旨が盛り込まれた意見書が可決された。女性たちの思いが市議会を動かした。
 ネット署名は8000人に迫り、ブログが閲覧された回数は累計35万回に上る。反響の大きさに戸惑いながらも「原発事故で、自分で考えて意見を発信することの大切さを知った」と語る。
 「一人の力は小さくても多くの人とつながることで、原発のない社会をつくることができる」と信じている。子どもたちが安心して暮らせる社会。「それが母親たちの願いなんです」と力を込めた。 (佐野太郎)

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