2012年3月9日金曜日

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WSJ
東電の手に余る事態=米原子力規制委員会の日本調査団トップ
Japan Real Time 2012年 2月 22日
http://jp.wsj.com/Japan/node_397071

 米原子力規制当局のベテランスタッフ、チャック・カスト氏は2011年3月16日、日本に降り立った。福島第1原発の現状を把握し、その問題解決を手助けするという極めて難しい任務を負っていた。
チャック・カスト氏 Chuck Casto
原子力規制委員会(NRC)の日本調査団責任者、チャック・カスト氏
 米原子力規制委員会(NRC)の本部と現場スタッフとの電話会議の内容が21日、公表されたが、その中で主役を演じていたのがカスト氏だ。
 東京に派遣されたNRC調査団を統括していたカスト氏は、ほぼ寝る間もなく、しばしば厳しいコメントを交えながら上司に東京電力の初動対応に関する報告を行った。
 「東電の手には負えない状態だ。東電の手に余る事態だ」と、カスト氏は米国時間3月16日遅くにこう述べた。
 カスト氏とその他米当局者は、使用済み燃料プールに自衛隊ヘリで注水するという東電の初期の試みを、最初から成功の見込みはなかったと批判した。米国時間3月17日、カスト氏は本部に「彼らのようにやみくもに解決策を講じるようなことはしたくない」と述べた。
 カスト氏は、福島第1原発4号機の燃料プールの水がなくなり、放射性物質が放出される公算が大きいと繰り返し主張し、米政府が原発から50マイル(約80キロメートル)圏を避難区域に指定する上で中心的役割を果たした。
 カスト氏は21日にジャパン・リアル・タイムの取材に応じ、燃料プールの水位を示す証拠として日本が唯一提示できたのは、日本サイドが引き 渡しを拒んだビデオの静止画数枚だけだったと語った。静止画は燃料プールに水が光っていることを示すもののようであったが、カスト氏は納得できなかった。
 「わたしは『見えない』と言ったし、実際に見えなかった」と、カスト氏は当時を思い出しながらインタビューでこう述べた。カスト氏は、燃料プールが破壊されているようみえる米国側が示した証拠の方をより信頼していた。
 会議記録の中でカスト氏は「私はプールには水がないと一段と確信している。職を賭してもいい」と述べている。
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Bloomberg News
2月20日、福島第1原発原子力安全・保安院による安全検査を受ける東電当局
 最終的に日本は燃料プールには常時水があったとの結論を出した。カスト氏はその点に関して部分的に認めたものの、4号機の問題は東電がとらえているよりもずっと深刻であった可能性があると今も考えていると語った。
 「結果はまだ分からない。燃料を取り出してみるまでは、何が起こっていたかは判断できない」とカスト氏は述べた。
 また、燃料プールの損傷への懸念を生じさせる原因となった3月15日の4号機建屋の爆発についても、3号機の水素漏れを原因とする東電の説に疑問を呈した。
 「わたしからしてみれば依然証拠がない」と、カスト氏は述べ、4号機の燃料棒の損傷が爆発の引き金となった可能性もあるとした。
 カスト氏は、事故発生から10日目以降の東電の対応については、はるかに高い評価を示した。米国側は3月22日ごろからは日本政府の高官級当局者と日々の会議で連絡を取り合えるようになった。
 カスト氏によると、NRC調査団は日本の事故収束に向けたロードマップ(工程表)作りを手助けし、そのおかげで、ようやく昨年12月に冷温停止状態を宣言できるまでに至った。
 「彼らは一時は打ちのめされ立ち上がれないような状態だったが、再び立ち上がり、歩いたり、走り回ったりし始めた」と、カスト氏は述べた。
 カスト氏は、数回にわたる短期間の帰国を除いて、2月2日まで日本に常駐し、国際原子力機関(IAEA)による日本の原子炉に対する「ストレステスト(耐性評価)」の評価を手伝った。カスト氏は先日、NRCのトップ職の1つ、リージョンIIIのシカゴ在勤の行政官に任命された。
 カスト氏は今回の経験から次の教訓を学んだ。「トップとできるだけ早く話をすること」
記者: Peter Landers





首相がベント指示、「米ではありえぬ」 元NRC委員長
2012年2月27日20時1分
http://www.asahi.com/politics/update/0227/TKY201202270406.html
東京電力福島第一原発事故の原因を検証する国会の事故調査委員会は27日、参考人として米原子力規制委員会(NRC)のリチャード・メザーブ元委員長を招き、米国の安全規制や事故発生時の政府の対応などについて聴取した。
 昨年の原発事故の際、原子炉から気体を出す「ベント」を、当時の菅直人首相が指示した。メザーブ氏はこれを念頭に「米国では考えられない。大統領が決めることではない」と明言。記者会見でも「米国では電力会社が決め、NRCが許可をする。日本の政治家のほうが知識があるのかもしれない」と皮肉った。






NHK NEWS
NRC元委員長 参考人招致2月27日 5時43分
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20120227/t10013303711000.html
国会の原発事故調査委員会は、27日、アメリカ原子力規制委員会の元委員長を参考人として招き、原子力の規制を担う行政組織の在り方などについて、意見を聞くことにしています。
国会の原発事故調査委員会は、27日、委員会を開き、アメリカ原子力規制委員会のリチャード・メザーブ元委員長を参考人として招きます。
アメリカ原子力規制委員会は、政府から独立した機関で、原発の監督から放射性物質の管理まで、原子力に関する規制の権限を一元的に持っており、事故調査委員会は、メザーブ氏から原子力の規制を担う行政組織の在り方などについて、意見を聞くことにしています。
政府は、東京電力福島第一原子力発電所の事故を受けて、環境省の外局として、「原子力規制庁」の4月発足を目指し、国会に法案を提出していますが、事故調査委員会は、アメリカの例などを踏まえて、委員会の考え方を取りまとめることにしています。






「責任明確化、独立性確保も」=米専門家、規制庁で提言-国会事故調
(2012/02/27-17:43)
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2012022700689
 東京電力福島第1原発事故を調査している国会の事故調査委員会委員長=黒川清・元日本学術会議会長)は27日、米原子力規制委員会(NRC)のリチャード・メザーブ元委員長カーネギー研究所理事長)を招いて意見交換会を開き、電力会社と規制当局の関係の在り方や、NRCの体制などについて質疑を行った。
 メザーブ元委員長は、4月に発足予定の原子力規制庁について「規制当局は責任範囲を事前に明確にした上で、独立性や透明性、法的権限、職員の高い能力など全て確保すべきだ」と提言した。
 黒川委員長は会合後の記者会見で「きょうは重要な示唆をもらい、安全文化の重要性を認識できた。事故調としては6月の最終報告に向け、さらに問題を明らかにしたい」と述べた。(2012/02/27-17:43)






毎時1000万ベクレルに=1~3号の放射能放出量-格納容器内再調査へ・福島第1(2012/02/27-18:19)
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2012022700740
 東京電力福島第1原発事故で、廃炉に向けた作業を進める政府と東電の中長期対策会議が27日開かれ、1~3号機格納容器から外部に放出される放射性セシウムの量が毎時1000万ベクレルに低減したことなどが報告された。
 対策会議によると、放出量は昨年12月の時点で同約6000万ベクレル、今年1月は同7000万ベクレルだったが、凍結防止対策の一環として1~3号機建屋の開口部(大物搬入口)をカーテンのようなものでふさいだため、建屋内の放射性物質の舞い上がる量が減ったとみられる。
 東電はまた、今年1月に行った2号機格納容器内の内視鏡調査を近く再実施する計画を報告。前回調査では格納容器内の水面が確認できなかったが、今回は内視鏡を付けたケーブルを前回より8メートル長い18メートルにし、格納容器下部にたまっているとみられる水の水位を確認する。(2012/02/27-18:19)






2012年02月27日月曜日 河北新報
東電・東通原発計画に暗雲 経営悪化、国の政策混沌
http://www.kahoku.co.jp/news/2012/02/20120227t22027.htm
東京電力の実質国有化が現実味を帯びる中、福島第1原発事故の影響で建設が中断した東電東通原発1号機(青森県東通村、出力138万5000キロワット)の工事再開の見通しが立たない。西沢俊夫社長は「東通は重要な地点」と語るが、経営状態は廃炉や賠償費用で追加の公的資金注入を待つほどに悪化。国の原子力政策の行方も混沌(こんとん)としており、「建設断念」の可能性がちらつき、再開を望む村は懸念を強めている。
<再開を迫る>
 東電東通1号機は2011年1月に着工した。同年4月に主要施設の工事に入り、17年3月の運転開始を計画していたが、原発事故によって工事は中断したままだ。村内には東通2号機の建設計画もある。
 越善靖夫東通村長は今月2日、東電本店に西沢社長を訪ねて工事再開を求めた。越善村長は「1965年に村議会で誘致を決議し、ずっと協力してきた。工事再開が遅れるほど地域経済に大きな影響を与える」と迫ったが、西沢社長は明言を避けた。
 理由は東電の経営状態と、見直しが進む原子力政策の行方だ。
 東電が13日に発表した2011年4~12月期の連結決算は純損失が6230億円と、過去最大の赤字となった。原発事故後の供給力不足を補うために増強した火力発電で燃料費がかさんだのが原因だが、福島第1原発1~4号機の廃炉に伴う負担も響く。国の追加支援で乗り切った形だ。
<投資を抑制>
 国の原子力政策の見直し論議でも、東通1号機のように建設段階にある施設の先行きは不透明になっている。
 東電は決算発表と同時に第2次緊急特別事業計画を国に提出し、発電所の新設については「他社電源を最大限活用するなど設備投資の抑制を行う」とした。この計画を下地にして3月末には総合特別事業計画をまとめる方針で、東通原発の今後の方向性も示すとみられている。
 西沢社長は東通1号機の建設断念の可能性を記者団に問われ、「それも含めて検討する」と述べ、中止が選択肢にあることを示唆している。
<雇用が心配>
 厳しい状況に東通村の懸念は深まる。今後も税金を原資にした1兆円規模の資金注入を受ける東電に対し、原発増設を迫る難しさがある。
 東通1号機の準備工事に携わった村内のトラック運転手(42)は「原発事故を起こした東電が新しく原発を造ることは難しいだろう」と言う。その一方で「自分たちの生活や雇用を考えると、建設中止を認めるわけにはいかない」と胸の内を明かす。
 村幹部は「東電をめぐる情勢が厳しいのは分かるが、村が早期の工事再開を求める姿勢は変わらない」と話している。
2012年02月27日月曜日





毎日新聞 2012年2月27日 東京朝刊
スイス:福島事故直後に「脱原発」方針のはずが、推進派巻き返し 「開発は継続」を選択
http://mainichi.jp/select/world/news/20120227ddm012030070000c.html
 昨年の福島第1原発事故から2カ月後、スイス政府はいち早く「脱原発」方針を打ち出し、その3週間後には下院が法案を可決した。素早い動きは、一時パニックに近かったスイスの国内世論を安堵(あんど)させた。しかし、国民の関心が薄らいだ後、実は上院で「原子力の研究開発は続ける」という法案修正が行われ、下院もこれを追認した。原発の稼働は続き、現状は事故前と変わらない。「脱原発」国の実情を報告する。【ジュネーブ伊藤智永
 ◇「新世代炉はOK」主張も
 政府と下院が当初決めた「脱原発」とは、現在動いている4カ所5基の原発を、運転開始から50年で寿命とみなして2034年までに順次停止し、3基予定していた建て替えも取りやめ、再生可能エネルギーに力を入れていくという内容だ。
 ところが、世間がバカンスを過ごしていた昨年7~9月、上院エネルギー委員会では、形勢の巻き返しをもくろむ水面下の折衝が繰り広げられた。
 「12年にも着工する予定だった原発の建て替え計画を5~10年先送りし、安全技術をさらに向上させよう」。原発推進派の議員らは当初、原発更新計画の延期で、現行政策の存続を狙った。
 「上院は下院より保守的で、業界ロビーが強く、地球温暖化対策のクリーンエネルギーとして原発依存に傾斜したここ10年来、推進派が多数派だ。原発新設を予定していた電力会社役員もいたし、昨年の委員長ロビー団体の会長だった」(緑の党・クラメル委員)
 こうした状況の下で左派議員が抵抗。上下両院の総選挙を控え「脱原発を進めるが、原子力の研究開発は続ける」という妥協が成立した。上院は9月に法案を修正して下院に再送付し、下院は選挙後の12月に再可決した。
 「脱原発」の旗印は残ったが、肝心の「開発継続」の解釈は、はっきりしていない。
 上院の議論では、第2・第3世代と呼ばれる既存原発の新設はやめても、スイスや日本など13カ国・機構で研究中の「より安全で経済効率が高い」とされる第4世代原子炉を念頭に、中道派の自由民主党が「新技術による原発ができたら、再び利用すべきだ」と主張した。
 これに対し、左派・社会民主党のベルベラ上院エネルギー委員長は「第4世代の実用化はまだ遠い先の話。現在、重要なのは、今ある原発を止めること」との立場だ。
 結局、昨年10月の総選挙では、原発維持論の右派から即時廃止論の左派まで、大所帯の既成5政党がいずれも得票率を減らし、右派と左派から分かれた二つの中道新党が躍進した。どちらも「経済成長と脱原発の両立」の主張が支持された。
 ◇5割依存…代替妙案なく
 山岳国スイスは、アルプスの豊富な流水を利用した水力発電が中心だが、地形や環境上の制約で新たな大型ダムが造れない。燃料輸送がままならないため大型火力発電も難しく、電力需要の増加分は原発に頼ってきた。今は全電力を水力6割・原子力4割で賄う。
 ただ、スイスは暖房用の電力が必要な冬に凍結などで水力発電が減るため、フランスから原発2基分の電力を輸入しており、ピーク時の原発依存率は5割に上る。しかも世界有数の豊かな生活を維持するため、電力消費量は今も年1%ずつ増え続けている。
 こうした原発依存を見直す転機は86年のチェルノブイリ事故だった。原発への懐疑が広がり、90年の国民投票で「新規建設10年凍結」を決めた。
 凍結期間が明けるのを待って、反原発派は90年に否決された「脱原発」を問う国民投票を再び要求したが、政府は原発依存の新エネルギー政策で対抗する。
 03年の国民投票では「凍結10年延長」「既存原発5基の順次閉鎖」をともに否決。政府は05年から原子力開発再開を本格化し、20年までの全5基更新計画を進めていた。
 こうした中、原発依存脱却のための再生可能エネルギー開発で、頼みはまずは風力だ。35年までに全電力の1割を目指すが、「風車による低周波騒音」が問題化し、住民の反対は強い。太陽光は肝心の冬に曇りが多く、地熱は設備にコストがかさむ。稼働中の全原発を順次停止していく向こう20年余で、原発相当分を代替できる見通しは立っていない。
 原発停止後、廃炉には20年以上かかり、廃炉に向けた技術も確立していない。費用は総額1兆5000億円相当を想定。積み立て基金は、金融市場で年5%の投資利益率を見込んでおり、資金不足は確実だ。
 核廃棄物は、水の浸透しにくい深い地層に埋める計画で、候補地を選定し、国際共同研究も行っているが、住民投票で否決が相次ぎ、中断している。
 核は怖いが、豊かな生活もやめられない民意が、財政負担や技術の壁、原発増設の国際潮流に直面して、チェルノブイリ後と同じ「揺り戻し」のサイクルをなぞらないとも限らない。
 「原子力開発継続」の逃げ道は、世論のぶれを見越して軌道修正の余地を残した政治家の打算とも読める。その場合、「脱原発」は選挙を乗り切り、当面の世論をなだめるための政治アピールに終わる可能性をはらむ。政府は6月、50年までの新エネルギー政策を議会に提出するが、どこまで具体像を描けるかが焦点だ。
毎日新聞 2012年2月27日 東京朝刊







放射線防護基準、県の立場で 田中氏が国対応批判
2012年2月27日
http://www.minyu-net.com/news/news/0227/news11.html
http://www.47news.jp/medical/2012/02/post_20120227144804.php
 県除染アドバイザーを務める元原子力委員長代理の田中俊一放射線安全フォーラム副理事長は「国の放射線防護基準は、県民を中心に考えていない。県民には年間20ミリシーベルトを適用する一方で、除染ボランティアの基準は、年間1ミリシーベルトとしている」と国の対応を批判した。
 さらに、「県民の願いは一刻も早く元の生活に戻りたいということ。しかし、1年を経過しようとしているのに逆に将来の不安が拡大している」と、計画策定に時間をかけることなく、除染の早急な実施を訴えた。
(2012年2月27日 福島民友ニュース)





毎日新聞
この国と原発 アーカイブ
http://mainichi.jp/select/weathernews/20110311/konokunitogenpatsu/archive/
毎日新聞 2011年8月19日 東京朝刊
この国と原発:第1部・翻弄される自治体(その1) 立地自治体へ代償
http://mainichi.jp/select/weathernews/20110311/konokunitogenpatsu/archive/news/20110819ddm010040003000c.html


 原発と関連施設の立地自治体には、さまざまな「原発マネー」が流れ込む。毎日新聞のまとめでは、過去の累計総額は電源3法交付金と固定資産税を中心に、判明分だけで2兆5000億円に達する。原発推進の「国策」を支えてきた交付金制度などの仕組みや歴史を紹介する。
 ◇計画段階から支払い
 自治体が原発から得る財源の大半は、電源3法交付金と発電施設の固定資産税だ。運転開始前は交付金が大半を占め、資産価値が生じる運転開始後は固定資産税が柱となる。
 交付金のほとんどを占めるのは「電源立地地域対策交付金」だ。一部は着工のめどが立たない計画段階でも支払われる。電力会社が現地の気象や地質などを予備的に調べる「立地可能性調査」が始まった翌年度から、立地都道府県市町村に年間1億4000万円を上限に交付される。
 福島県南相馬市は今月、この受け取りの辞退を決めた。東北電力が 同市と浪江町に計画中の浪江・小高原発に伴う交付金。同市は86年度から昨年度までに計約5億円を受け取ったが、福島第1原発事故を受け「住民の安全を脅 かす原発を認めないという姿勢を示す」として、今年度分の受け取り辞退を決めた。同原発は当初、79年に運転開始の予定だったが、着工できず、現計画では 21年度運転開始予定となっている。
 立地可能性調査から1段階進み、環境影響評価が始まると、交付金はその翌年度から増額(上限9億8000万円)される。
 候補地の選定が難航している高レベル放射性廃棄物最終処分場の場合は破格だ。07年度に大幅に引き上げられ、資料で地層の状況などを調べる「文献調査」が始まっただけで、翌年度から最高で年10億円が交付される。「概要調査」に進むと20億円に倍増する。
 原発の場合、交付額が一気に増えるのは着工の年から。経済産業省資源エネルギー庁が示す試算によると、出力135万キロワットの原発に対し、着工から運転開始までを7年間とすると、この間に計約465億円が支払われる。
 運転開始後は建設中の4分の1程度に減るが、その分、固定資産税が入るようになる。しかし、年数がたって資産価値が下がるにつれて税収は減る。法定耐用年数の15年を過ぎた後は、毎年わずかな額しか入ってこなくなる。
 一方、運転開始から30年が経過すると、新たに「原子力発電施設立地地域共生交付金」が交付され、電源立地地域対策交付金も少し増額される。名目は地域振興だが、古い施設に対する迷惑料と見ることができる。
 ◇電源3法交付金 「原発のため」創設
 電源3法交付金は水力発電なども対象となるが、事実上は原発のために創設された制度だ。電源3法が成立した74年の国会審議で、当時の中曽根康弘通産相が明確に目的を説明している。
 「原子力発電所を つくるとか、そういうところの住民の皆さんは、(中略)非常に迷惑もかけておるところであるので、そこで住民の皆さま方にある程度福祉を還元しなければバ ランスがとれない。(中略)かつまた積極的に協力してもらうという要望も込めてできておるものであります」(衆院商工委・5月15日)
 詰まるところ交付金は「迷惑料」で、それによって原発受け入れを誘導する意図があったことも率直に語られている。
 制度創設の引き金を引いたのは、日本を翻弄(ほんろう)した第1次石油ショックだった。
 73年10月に勃発した第4次中東戦争を契機に、中東の産油国が原油を3倍以上に値上げした。危機感を強めた政府や電力各社による節電キャンペーンが行われ、東京・銀座でネオンを消灯し、オフィスでエレベーターを止めるなど、「節電の夏」の今年と似たような動きが広がっていた。
 同年11月16日の毎日新聞夕刊は政府の「緊急石油対策本部」設置を報じる記事の中で「石油はもうやめて原子力にしなくちゃ」という男子大学生の声を伝えている。財界や国民の間に、石油に代わるエネルギーとして原子力への期待が高まっていた。一方で、各地で原発建設への反対運動が活発化し、新設がスムーズに進まないことに政府がいらだちを募らせていた時期でもあった。
 こうした状況の中、当時の田中角栄首相が突然「発電税」創設を打ち出した。
 田中首相は同年12月の参院予算委で「原子力発電に対しては抜本的な対策を政府が責任をもって行う」と述べ、特別税を創設して立地自治体に配分する方針を表明した。資源エネルギー庁外郭団体「電源地域振興センター」が02年に出した報告書には、「事務方の答弁書になかった発言で大いに驚いた」という当時のエネ庁職員の証言が記録されている。
 翌74年2月には、電源開発促進税法案▽発電用施設周辺地域整備法案▽電源開発促進対策特別会計法案--の3法案を閣議決定。同年6月に成立した。
 しかし、高度経済成長は75年には失速。79年の米スリーマイル島原発事故も逆風となって原発新設にブレーキがかかり、交付金支出も頭打ちとなる。交付金を支出する特別会計には、一時期を除き、毎年余剰金が発生している。09年度決算は歳入3912億円に対して歳出が3435億円。477億円が余り、翌年度予算に繰り入れられた。
 電源3法交付金は当初、ほとんどが公共施設や道路など、「ハコモノ」やインフラに使途が限定されていた。しかし、有り余る予算を背景に、80年代から90年代にかけ、高速増殖炉の研究など立地促進とは直接関係のない分野や、産業振興や人材育成など「ハコモノ」以外のさまざまな名目の交付金や補助金が次々に作られ、使途は拡大した。
 拡大の背景には自治体側からの要望もあった。
 電源地域振興センターの02年報告書には「自治体からはハコモノは維持管理費が大変で『何とかならないか』という声がかなりあった」「施設整備だけでは地域の活性化に結びつかないという指摘があった」など、エネ庁の歴代交付金担当者の証言が記されている。「それまでは『釣った魚にえさはやらない』考え方だった」との露骨な表現もある。
 現在は地球温暖化対策などを理由に、火力発電は沖縄県を除いて対象外となり、核燃料サイクル関連施設が新たに対象となるなど、原発関連への傾斜がさらに強まっている。
 03年に電源3法交付金の大部分を占める電源立地地域対策交付金の使途が大幅に自由化された。ただ、電源開発のための目的税を一般財源に近い形で使うことへの異論もある。
 また、国の特別会計改革の一環として、電源開発促進対策特別会計法は廃止され、07年度から同会計は「特別会計に関する法律」に基づく「エネルギー対策特別会計」に再編された。電促税もいったん一般会計に入ってから配分される形となった。

市街地に隣接する浜岡原発(手前)。東日本大震災後、政府の要請で全面停止している=静岡県御前崎市で、本社ヘリから木葉健二撮影
 ◇原発マネー公開、対応分かれる
 電力会社からの固定資産税や寄付の額を公開するかどうかについて、自治体の対応は分かれた。非公開の代表的な理由は「法人情報のため回答できない」(松江市政策企画部)というものだ。
 しかし、情報公開制度に詳しいNPO「情報公開クリアリングハウス」の三木由希子理事長は「電力会社は公共性が高く、一般企業と一緒にはできない。課税が公平かどうか、寄付が自治体の政策決定に影響を与えないかなど、社会的なチェックのために公開されていい。企業の政治献金が公開されているのも同じ理由から」と指摘する。
 電力会社の対応もばらついた。原発の建設費用について、東北電力は「競争力にかかわる」として回答しなかったが、九州電力は自社のホームページに載せている。東京電力柏崎刈羽原発の場合は、会社は公表しないが、県が公表している。
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 ◇原発と電源3法の歴史
1955年12月19日 原子力基本法公布
  66年 7月25日 日本原子力発電東海発電所が運転開始
  70年 3月14日 日本原電敦賀原発1号機運転開始。大阪で万国博覧会開幕
  71年 3月26日 福島原発(現・福島第1原発)1号機運転開始
  72年 7月 7日 田中角栄政権発足
  73年10月    第1次石油ショック
     12月13日 田中首相が「発電税」創設発言
  74年 6月 3日 電源開発促進税法、発電用施設周辺地域整備法、電源開発促進対策特別会計法(電源3法)が成立
  75年 6月10日 国民総生産(GNP)が前年度比実質0.6%減と経済企画庁発表。戦後初のマイナス成長
  79年 3月28日 米スリーマイル島原発事故
  85年 4月18日 青森県六ケ所村への核燃料サイクル施設設置決定
  86年 4月26日 旧ソ連チェルノブイリ原発事故
  96年 8月 4日 東北電力巻原発を巡る住民投票で反対派が勝利
  99年 9月30日 茨城県の核燃料加工会社「JCO」東海事業所で臨界事故
2001年11月18日 三重県海山町の原発誘致を巡る住民投票で反対派勝利
  02年 8月29日 東電トラブル隠し問題が発覚
  03年10月 1日 電源3法交付金の使途をソフト事業にも拡大
  07年 4月 1日 電源開発促進対策特別会計と石油特別会計が「エネルギー対策特別会計」として統合される
  10年 4月 1日 交付金の使途をさらに拡大。人件費などにも使えるようになる
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 ■電源3法交付金の対象となる事業
 □地域振興計画作成など
 地域振興に関する計画の作成や先進地の見学会、研修会、講演会、検討会、ポスター・チラシ・パンフレットの製作など発電用施設などの理解促進事業
 □温排水関連
 種苗生産、飼料供給、漁業研修、試験研究、先進地調査、指導・研修・広報、漁場環境調査、漁場資源調査、漁業振興計画作成調査、温排水有効利用事業導入基礎調査などの広域的な水産振興のための事業
 □公共用施設整備
 道路、水道、スポーツ、教育文化、医療、社会福祉施設などの公共用施設や産業振興施設の整備、維持補修、維持運営のための事業
 □企業導入・産業活性化
 商工業、農林水産業、観光業などの企業導入の促進事業や地域の産業近代化、地域の産業関連技術の振興などに寄与する施設の整備事業や施設の維持運営などのための事業
 □福祉対策
 医療、社会福祉施設などの整備・運営、ホームヘルパー事業など地域住民の福祉の向上を図るための事業や福祉対策事業に関わる補助金交付事業や出資金出資事業
 □地域活性化
 地場産業支援事業、地域の特性を活用した地域資源利用魅力向上事業など、福祉サービス促進事業、地域の人材育成事業などの地域活性化事業
 □給付金交付助成
 一般家庭や工場などに対する電気料金の割引措置を行うための給付金交付助成事業を行う者への補助事業
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 この特集は、高山純二、吉井理記、工藤昭久、柳楽未来、松野和生、宮嶋梓帆、曽根田和久、栗田亨、蒔田備憲、宝満志郎、日下部聡、北村和巳、袴田貴行が担当しました。(グラフィック 田中美里、編集・レイアウト 前川雅俊)
毎日新聞 2011年8月19日 東京朝刊







毎日新聞 2011年8月19日 東京朝刊
この国と原発:第1部・翻弄される自治体/1(その2止) 落ちるカネ、依存体質に
http://mainichi.jp/select/weathernews/20110311/konokunitogenpatsu/archive/news/20110819ddm003040050000c.html
 <1面からつづく>
運転開始から40年以上が経過した敦賀原発1号機。見学者が立ち寄る敦賀原子力館の対岸にある=福井県敦賀市で、小川昌宏撮影
運転開始から40年以上が経過した敦賀原発1号機。見学者が立ち寄る敦賀原子力館の対岸にある=福井県敦賀市で、小川昌宏撮影
 ◇巨大施設乱立、土建業が肥大 偏った産業構造脱却は困難--福井・敦賀市
 「原発銀座」と呼ばれる福井県の若狭湾岸にある敦賀市内を歩くと、電源3法交付金や原発事業者からの寄付で建設された体育館やホール、商店街のアーケード、短大や温泉施設まで、人口約6万9000人の地方都市には不釣り合いと思える巨大施設が建ち並ぶ。
 北陸自動車道敦賀インターチェンジ近くの山腹にある市立温泉施設「リラ・ポート」。約9ヘクタールの広大な敷地に、豪華客船をイメージした総ガラス張りの建物と、約300台が駐車可能な立体駐車場を併設する。大浴場や露天風呂のほか、水中歩行で健康増進を図る「バーデプール」と設備も豪華だ。
 02年に完成し、総事業費は約35億円。うち約25億円は高速増殖原型炉「もんじゅ」のナトリウム漏れ火災事故(95年12月)後、文部科学省が創設した交付金だった。
 市や地元経済界は当初、「敦賀の観光客は夏場の海水浴ばかり。温泉は観光の起爆剤になる」と期待していた。
 しかし、総ガラス張りで細長い建物のため、光熱費や人件費がかさむ。山腹にあって交通の便が悪く、初年度から年間約1億円の赤字を計上した。現在も市財政からの補填(ほてん)を続ける。市民は「交付金や寄付に翻弄(ほんろう)されるいつものパターン」と冷ややかに見つめる。
 原発と共存してきた40年余りで、最も拡大したのは土建業だ。05年国勢調査によると、その雇用人口は約5000人。人口が敦賀とほぼ同じ同県鯖江市では約2700人で、敦賀の偏りは際立つ。
 偏った産業構造を改めようと、敦賀市は01年度から、約20ヘクタールの広大な土地に13区画の産業団地を造成し、工場誘致を進めている。費用計約82億円のうち約50億円は交付金だ。敦賀インターに直結する国道バイパス沿いにあり、京阪神からの交通アクセスも良いが、誘致は難航している。5区画の分譲先が決まらず、職員の全国行脚が続く。「事故が誘致に影響するかも。どうしたら良いか……」と浮かない表情だ。【日野行介、柳楽未来】
 ◇町長「薄いベニヤ板に乗せられていたようだ」 町民の5割、生活の糧--佐賀・玄海町
 「何ば言いよるんだ、この人は!」。7月6日、佐賀県玄海町の町長室に岸本英雄町長の怒声が響いた。矛先はテレビに映る菅直人首相。全原発の安全評価(ストレステスト)実施を表明したことを報じていた。
 町長は2日前、全国に先駆け玄海原発2、3号機再稼働への同意を九州電力に伝えたばかり。首相のひと言で海江田万里経済産業相の「安全宣言」は宙に浮き、町長は「ばかにされた」と同意を撤回。再稼働は見通せなくなった。
 県の北西端にある玄海町はかつて、貧しい寒村だった。県から原発計画の話を持ちかけられたのは1965年。農漁業以外に目立った産業はな く、町民約8000人の1割近くが関東や関西に出稼ぎに行った。町区長会の渡辺正一会長(57)は「どの企業も来てくれず、誘致したのが原発だった」と話 す。
 誘致が決まると、原発マネーが流れ込んだ。町が受け取った電源3法交付金は総額265億円。町民会館に26億円、温泉施設に17億円、老人ホームに23億円と豪華な公共施設を並べても、お釣りが来た。「ようやく人並みの生活ができるようになった」。山崎隆男元町議(85)は振り返る。「豊か」になるに連れ、反原発の声もなりを潜めた。
 だが、原発マネーは依存構造を生んだ。歳入の6割以上を原発関連が占め、「町民の5割が原発を生活の糧にしている」(岸本町長)。半面、人口は減り続け、他産業は育たず農漁業の担い手も半減した。
 一方、原発の固定資産税減価償却が進むにつれ年々減る。2号機稼働から10年過ぎた90年代初め、町財政は縮小傾向にあった。息を吹き返させたのは3号機(94年)、4号機(97年)の相次ぐ稼働。06年には3号機で国内初のプルサーマル発電に同意し、核燃料サイクル交付金30億円も入ることになった。
 財政が先細ると原発特需がカンフル剤のように効く図式。4号機稼働から14年がたち、岸本町長は「老朽化した1、2号機に代え、5号機が必要」と唱えるようになっていた。3月11日までは--。
 町の将来には今、菅首相の「脱原発」宣言が影を落とす。2、3号機は再稼働の見通しが立たず、1、4号機も年内に定期検査に入る。今年度1億5000万円を見込んだ核燃料税は途切れ、作業員が消えた旅館や飲食店は閑古鳥が鳴く。町民からは「原発がなくなれば真っ先に隣の唐津市に吸収される」との声も漏れる。
 「薄っぺらいベニヤ板に乗せられていたようなものだ」。国策頼みの町が国策によって行き詰まり、町長の苦悩は深まる。財政的な自立の道も模索し始めたが、「原発依存をどう是正していくか思い当たらない。廃炉までの期間、貢献度などに応じた交付金で埋めてほしい」と本音を漏らした。
 <心夢見るアトムの町>。町の入り口の県道沿いに看板が立つ。通り過ぎる車はめっきり減った。町財政を分析した伊藤久雄・東京自治研究セン ター研究員は指摘する。「依存体質を変えないと町は倒れる。だが、その体質は国と電力会社が押しつけて生まれたもので、貧しい町が狙われた」【蒔田備憲、 阿部周一】
毎日新聞 2011年8月19日 東京朝刊






毎日新聞 2012年2月16日 東京夕刊
特集ワイド:NHK対「原発推進」団体 浮上した「低線量被ばく」問題
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20120216dde012040016000c.html
 放射線被ばくの健康影響については、まだ研究途上にある。だからこそ、次代を担う子どもたちの安全を願う親たちの不安は深刻なのだが、そんな折も折、低線量被ばくの問題点を指摘したNHKの番組に、原発と深い関わりを持つ団体が抗議の矛先を向けた。このバトル、どうなるのか。【根本太一】
 ◇原子力ムラの「抗議」 報道、議論尽くせるか
 <公共放送としてNHKに求められる高い放送倫理に疑義を挟まざるを得ない>
 1月12日にNHKに送られた、A4判8枚からなる「抗議と要望」と題する文書の一節だ。さらに<事実誤認もしくは根拠薄弱であることが明らかになったら、番組自体を撤回するのも国民の受信料で経営をしているNHKの責務>とし、<放射線の恐怖のみを煽(あお)るような“風評加害者”的報道は今後止(や)めるよう強く要望>している。何とも痛烈な内容だ。
 送り主は「エネルギー戦略研究会」「日本原子力学会シニアネットワーク連絡会」、そして「エネルギー問題に発言する会」の3団体。いずれも「原発推進」が日本には不可欠との立場から、シンポジウムセミナーなどを開いている民間の組織だ。
 トップの経歴は、研究会の金子熊夫会長が外務省の初代原子力課長、連絡会の宅間正夫会長は元東京電力柏崎刈羽原発所長、発言する会の林勉代表幹事は元日立製作所・原子力事業部長。さらに3団体のホームページを見ると、抗議文の「賛同者」として元東電副社長で元自民党参院議員の加納時男氏や、元日本原子力学会会長、大学の名誉教授、原発メーカーの元幹部ら総勢112人の名前が並ぶ。
 政・財・官・学のいわゆる「原子力ムラ」のOBらが顔をそろえた格好だ。
 彼らが取り上げたのは、NHKが昨年12月28日に総合テレビで放送した「追跡!真相ファイル『低線量被ばく 揺らぐ国際基準』」。国が安全性の根拠としている、被ばく量が生涯100ミリシーベルト以下ではがんなどが発症する明確な根拠はないという国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告に疑問を投げかける内容だ。30分の番組の中で、86年のチェルノブイリ原発事故から25年が過ぎた今になってスウェーデンでがんが増加したことや、米国の原発周辺でもがん発症が目立つことを報告。さらに元ICRP委員へのインタビューなどから、かつてICRPが原爆による被ばくのリスクを「政治的判断」で半分に設定していた--などと伝えている。
   ■
 そのどこが<“風評加害者”的報道>だというのか。
 抗議文では▽インタビュー場面に意図的な誤訳がある▽疫学的調査では、原子力施設と疾病との関係は認められていない--などと指摘。<数々の論旨のすり替え>や<不都合な情報の隠蔽(いんぺい)>もあるとしている。
 「賛同者」リストに名を連ねる人物に接触した。東電OBで、同社では「放射線防護の研究に携わっていた」という男性だ。
 「米国の原発周辺でがんが増えていると言うが、ならば世界で400基以上ある原発の周りの住民たちはどうなんです? がんの危険を主張するのは、原発反対派が古くから使う手法なんです」
 ICRPが「政治的判断」から被ばくリスクを半分に設定したという部分は「論拠が不明」と切り捨てる。
 「NHKには、公平で客観性のある報道をしてほしいだけなんです。原子力ムラと言われようが、一方的に踏みつけられっ放しというわけにはいきませんよ」
 では、NHK側は何と反論するのか。
 見解を求めると「十分に取材を尽くしており問題はないと考えている。団体の方々には番組内容を丁寧に説明するなど誠実に対応しています」と回答した。
 内部被ばくなど低線量の放射線による被害の調査・研究を続ける沢田昭二・名古屋大名誉教授(素粒子物理学)に会った。「彼らは安全神話を振りまいてきた当事者です。ところが抗議文には、人災でもある福島原発事故への反省の弁が見当たらない。謙虚さに欠けています」。それが、自らも広島の原爆を経験した被爆者である沢田さんの第一声だった。
 「ICRPが米国の核兵器工場や原発推進の勢力から圧力や影響を受け続けてきたことは、(ICRPの)内部被ばくに関する委員会の議長を務めたカール・モーガン博士が自著で明らかにしています。番組は、そうしたことを丹念に取材し、広く知らせたものでした」
 さらに沢田さんは言う。
 「内部被ばくのリスクを低く見るICRPの姿勢は、欧州放射線リスク委員会(ECRR)からも批判されているのです。低線量の被ばくであっても、長い年月の後に健康被害に至る恐れはある」
 「原子力ムラの人たちは、震災前からしばしばメディアに抗議文を送っていた」。そう声を荒らげるのは自民党衆院議員河野太郎さんだ。国会や著書「原発と日本はこうなる」などで原発利権の暗部を追及し続けている。
 「細かな点を突っ込み、報道する側に『面倒くさい』と思わせ萎縮させるような空気を醸し出す。しかし自らは原発事故の総括もない。懲りていませんね」
   ■
 ただ、抗議は抗議として、3団体側の関係者も、再稼働が難しくなったことは認める。先の東電OBは「事故原因の究明も待たずに再稼働を決めても、国民の理解は得られない。たとえ経済産業省原子力安全・保安院ストレステスト(安全評価)で『妥当』としても無理でしょう」。言葉に悔しさがにじむ。
 原発の設計に携わってきたという3団体の一つに属する別の男性も「台湾の原発には非常用電源としてディーゼル機関以外にガスタービンもある。さらに建屋上の高台には冷却用の水をためたプールもある。福島よりも多重防護だ」と語り、「国と東電が危険性に耳を傾け対応策を取っていたら……」と唇をかむ。
 「報道機関は連携して、一斉に闘うべきです」と話すのは立教大教授(メディア法)の服部孝章さんだ。「この問題を単に原子力ムラとNHKとの争いとして終わらせてはいけない。抗議の事実をNHKも他のテレビ局も報じ、公の場で議論すべきです」。そうでないと、放射線による被ばく影響という「核心」がゆがめられてしまうという。
 「メディアが試されているのです。専門家の権威を恐れて沈黙していては、今後も原子力ムラに利用されるだけになってしまう」
 そもそも科学とは誰の、何のためにあるのか。報道とは誰のための営みか。
 こうした原点が改めて問われている。
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ファクス03・3212・0279
毎日新聞 2012年2月16日 東京夕刊





福島第1原発:帰村か移住か、共同体に亀裂 飯舘
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20120226k0000e040134000c.html
東京電力福島第1原発事故で計画的避難区域に指定され、全村避難する福島県飯舘村。自然を生かし、助け合って暮らしてきた共同体に亀裂が入りつつある。村は除染を進めて5年後に希望者全員の帰村を目指すが、一部の住民からは「新村」への集団移住を望む声が上がり、「理想の山村」の再興に向けた道筋は見えないままだ。
 「約50戸の除染モデル事業で6億円かかる。無意味だ」「放射線量が下がらないかもしれないのにやるのか」
 1月末、福島市に避難する村役場の会議室に、村内20地区の区長らが顔をそろえた。厳しい質問を浴びた菅野典雄村長は「やってみないと分からない」と答えるだけだった。
 人口約6000人の飯舘村は独自の村づくりを進めてきた。創造的な田舎暮らしを楽しむ村民の表彰、肉牛のブランド化。03年からは、方言で「丁寧に」を意味する「までい」をキャッチフレーズに自然エネルギーを生かしたスローライフの村を掲げた。
 村は今後、約3200億円をかけて住宅は2年、農地は5年、森林は20年で除染する考え。帰村を望む住民も多いが、福島市の借り上げ住宅に避難する農業、菅野哲(ひろし)さん(63)の目には、村の形の維持にこだわり、村民の生活をないがしろにしていると映る。「限界の暮らしを強いられる村民を助けてほしい」
 約20年前から村に協力してきた糸長浩司・日本大教授は、2拠点居住構想を提案する。国や東電の費用で30~50年暮らせる分村を設け、線 量が下がったら戻るという内容。糸長教授は「国が避難区域を見直せば、村はまた分断される」と指摘する。だが、菅野村長は「国が移住の面倒をみる保証はな い」と、構想に否定的だ。
 移住を望む村民らは「新天地を求める会」を結成し、昨年11月から署名活動を始めた。村は直後、村の施設に「(施設内で)政治活動および各種署名活動を一切禁止する」と掲示したが、署名は200人分集まっている。
 村は帰村を巡り、住民の意向調査をしていない。移転を望む住民との対立は解消しないままだ。【泉谷由梨子、北村和巳】
毎日新聞 2012年2月26日 13時58分(最終更新 2月26日 16時36分)






飯舘村のアキれた実情 酪農家はミタ 放射線改ざん
http://gendai.net/articles/view/syakai/135259
2012年2月21日 掲載
「除染はビジネス」「村長は経産省キャリアの繰り人形」
「飯舘村は原子力ムラのコントロール下に置かれている」――。福島原発事故で高濃度の放射能汚染に見舞われた飯舘村の酪農家、長谷川健一氏(58)が「原発に『ふるさと』を奪われて」(宝島社)を出版。20日、都内で会見を開いた。著書は原発事故直後から現在に至るまでの村の日々をつづったルポだが、驚くのは村民の被曝の影響を無視し、今も汚染の実態をヒタ隠しにし続ける村や国の対応である。
「強制的に下げられた放射線量の数値が全国に公表されている」――。20日の会見で、長谷川氏は、仰天の「放射線改ざん」疑惑を暴露した。
「昨年11月末ごろ、国の除染モデル事業を請け負った大成建設の作業員とみられる10人ほどが、村のモニタリングポストを高圧洗浄機で洗い、土台の土をソックリ入れ替える作業を行っていた。その様子を複数の村民が目撃していたのです」
 文科省が20日夜に公表した飯舘村の放射線量は、毎時0.755マイクロシーベルト。長谷川氏によると、村内に設置された別のモニタリングポストだと、最近も平均毎時3マイクロシーベルトだ。
 国は「改ざん」数値を根拠に「飯舘村の線量は下がった」と喧伝したいのだろう。フザけた話だ。
 長谷川氏は、国の主導で進む除染事業の効果にも疑問を投げ掛ける。飯舘村の75%は山林だ。しかし、除染の実施範囲は農地や住宅地ばかり。
「どんなに除染しても、山から(放射性物質が)浮遊してくれば意味がない。彼ら(請負業者)にとって、除染はビジネス。線量が下がろうが、下がらなかろうが関係ないのです」
 そもそも、飯舘村の放射能汚染への対応は最初からデタラメだった。
 長谷川氏の著書によると、3号機が爆発した昨年3月14日当時、役場にあった線量計は「毎時40マイクロシーベルト超」を計測した。平常時の年間許容量(1ミリシーベルト)を1日余りで超える危険水域だ。驚く長谷川氏に、村職員は「この数字、公表しねえでくれよ。(菅野典雄)村長から『絶対人に言うな』と止められている」と“口止め”した。
 京大原子炉実験所の今中哲二助教が3月下旬に村内各地で計測した放射線量を菅野村長に伝えた際も「とにかくこのデータは公表しないでほしい」といった問答が、しばらく続いたという。
 村にはその後、山下俊一長崎大教授(当時)ら放射線専門家が入れ代わり立ち代わり訪れ、「安全だ」「大丈夫だ」と吹聴し、やがて〈放射能をことさら危険視するほうがおかしいという雰囲気さえ漂い始めた〉。
 長谷川氏は、村の復興計画会議の委員に原発推進派の識者が含まれたことを挙げて〈すでに飯舘村は原子力ムラ御用学者たちに牛耳られている〉と強調。20日の会見では、菅野村長を操る黒幕の存在についてこう言及した。
「実は今、菅野村長の行くところすべてに付いて回っている経産省の官僚がいるのです。村役場でも、常に村長のそばにいる。そして、マスコミの取材の際もその彼が出張ってきて、あれこれと指示を出しているんですね。今では彼がマスコミ取材対応の窓口となって取材をさばくようになった」
 これでは、村長が村民無視で経産省操り人形になっていても不思議はない。やっぱり国の放射能対策を信じてはダメだ。




葛飾区の公園でチェルノブイリ級最高レベル ホットスポットの衝撃
http://gendai.net/articles/view/syakai/135250
2012年2月22日 掲載
東京都はすぐに徹底調査と除染しろ!
 東京・葛飾区の「水元公園」の土壌から、1キロ当たり2万ベクレルを超える高濃度の放射性セシウムが検出された。葛飾区江戸川区など首都圏東部は「ホットスポット」地域として知られているが、事故から1年が経とうとしているのに、今なお、こんな危険地域があったのはショックだ。
 日本共産党都議団が調査し、21日、会見で明らかにした。それによると、調査したのは「水元公園」内にある「メタセコイアの森」「駐車場植え込み」「ドッグラン」「野鳥観察舎」――の4カ所で、土壌や落ち葉を採取し、ドイツ製の測定器で放射性セシウムの濃度を測定。精度を高めるため、今月15日以降、複数回に分けて測ったという。
 その結果が別表なのだが、仰天なのは、最も高かった「野鳥観察舎」入り口の土壌、落ち葉のセシウム濃度だ。
 原子力安全委員会によると「Bq/kg」を「Bq/平方メートル」に換算するには65をかける。単純計算で1平方メートル当たり約140万~150万ベクレルになる値だ。これはチェルノブイリ事故の際、土壌の汚染濃度に応じて居住区域が制限された最高レベル「居住禁止区域」(1平方メートル当たり148万ベクレル以上)に相当する。
水元公園」の全ての土壌や落ち葉が高濃度汚染されているワケではないだろうが、誰でも自由に出入りできる公園内に、「居住禁止区域」レベルに近い放射能汚染場所が存在していることになる。
「今回の調査で『水元公園』の汚染は判明したが、近隣場所にもこうしたスポットが存在する可能性がある。そもそも、1キロ当たり2万1700~2万3300ベクレルというのは、国が放射性廃棄物を直轄処理する基準として設けた『8000ベクレル』を3倍近く上回っているのだから、都は早急に対処するべきです」(共産党都議団関係者)
 日本環境学会土壌汚染問題WG長の坂巻幸雄氏はこう言う。
「東京は世界で初めて人工放射線の被曝(ひばく)をこうむった首都だといえます。東部はもちろんのこと、都庁周辺でも事故後の空間線量率は事故前の2~3倍に高まっている。多くの人が行き交う都心部で、無視してよい数字ではありません。行政当局を含めた諸機関の努力が求められてしかるべきです」
 老害の石原知事は、「五輪招致」などと寝言を唱えていないで、そのカネを一刻も早く汚染の調査と除染対策に回すべきだ。

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